2019年9月のメッセージ

Hello from Mamiko Matsuda, Ph.D. in Houston, Sept. 2019

 日本のみなさん、こんにちは。

 9月も終わりに近づき、みなさんのご家庭の食卓には、ブドウや梨、新米など、秋の味覚が並び始めたことでしょう。四季の変化に乏しいここヒューストンでも、スーパーマーケットの入り口にパンプキン(カボチャ)が並び始めています。

スーパーの入り口には、たくさんのカボチャが
大きな段ボール箱に入って何箱も並んでいます。

小さめのカボチャは、こちらのほうの籠で売られています。

 さて、情報社会の今日、メディアやネット上には「食と健康」に関するさまざまな情報があふれています。パレオ・ダイエット(旧石器時代食/原始人食)やケトジェニック・ダイエット(ケトン体ダイエット)、MECダイエット(肉、卵、チーズが中心のダイエット)などはその代表的なものですが、私の気になっているのが、コリン(栄養素)とカルニチン(アミノ酸の一種のビタミン様物質)に関する情報です。

 卵黄に豊富に含まれるコリンは食品の中では最も脳内に届きやすい栄養素で、卵黄には大豆の約3倍も含まれています。アルツハイマー病などの認知症の予防効果が抜群であるうえ、血管を拡張させ、高血圧、高コレステロール血症、動脈硬化症、心臓血管疾患、脂肪肝などの予防や改善にも役立つとされていることから、認知症のリスクを減らしたいと願う中高年のみなさんの中には卵を積極的にとっているという人も少なくないようです。

 また、赤身肉に豊富に含まれるカルニチンは、アミノ酸の一種で脂肪の燃焼に効果的に作用するとされ、ここ数年、ダイエット期間中でも肉が食べられるという情報が肉好きの人たちの間で歓迎されているのです。

 こうした情報を目や耳にしている方の中には、実際に食生活にとり入れているという方もいらっしゃるでしょう。つい最近、膵臓ガンで亡くなった私の友人アナもその一人でした。

 マスコミやネットが発信する「健康・栄養情報」に飛びつく前に知っておいてほしいことがあります。それは、コリンやカルニチンのような一部の栄養だけに焦点を当てた健康情報は、「要素還元主義的な栄養学」(注)に基づく考え方であって、『チャイナ・スタディー』(グスコー出版刊)の著者、キャンベル博士が折に触れて警鐘を鳴らしている、ということです。(注)食べ物に含まれる個別の栄養に焦点を当てる栄養学。

 なぜなら、ホールフード(丸ごとの食べ物)に含まれる無数の栄養による相乗効果を重視する「ホリスティック(全体論的)栄養学」とは異なり、このような理論は人々を誤った方向に導く恐れがあるからです。

 コリンはある程度必要な栄養ですが、体が必要な量はアブラナ科の野菜、豆類、キヌア、キノコ、ヒマワリの種などから摂取可能です。また、脂肪の燃焼に不可欠とされるカルニチンは、体内で合成されるため、食事からとる必要はまったくありません。しかも脂肪燃焼効果は、カルニチンが豊富な肉類よりプラントベースの食事のほうがずっと大きいことも、複数の研究から明らかにされています。

 コリンやカルニチンを動物性食品から積極的にとっていると、思わぬ落とし穴に陥ることになります。ガンや心臓血管疾患、早すぎる死などのリスクを高めてしまうからです。友人アナのケースはその典型的な例でした。

 アナは脳機能を活発に保ちアルツハイマー病を防ぐには、コリンの宝庫である卵黄をたくさんとることが肝心だとして、近隣の農家に出向いて庭で放し飼いにされているニワトリの卵を購入し、1日に4~6個分の卵から卵黄だけを生で食べていました。

 また、カルニチンは鹿肉に豊富に含まれていることから、鹿肉も食卓にたびたび登場していました。1年前に心臓病で亡くなっていたご主人の趣味がハンティングでしたから、冷凍庫には野生の鹿肉がぎっしり詰まっていました。

 カルニチンは熱に弱いので、ステーキもハンバーガーもほとんどレア(表面だけを軽くあぶる焼き方)で食べ、レストランで注文したハンバーガーの焼き具合がレアでないと、納得がいくまで何度でもやり直させるほどの徹底ぶりでした。

 スウェーデン出身のアナの食事は、肉、卵、チーズ、魚などが中心で、野菜ジュースやサラダなどもとってはいたものの、動物性食品からのカロリーのほうが量的に圧倒していました。

 亡くなる6週間ほど前、腹痛を覚え、しばらくウォーターオンリー・ファスティングをしたものの痛みが治まらず、病院に行くと、「膵臓ガンの末期」と診断されたといいます。それまで自覚症状はまったくなく普通に暮らしていたので、医師の宣告は彼女にとって寝耳に水の出来事でした。

 抗ガン剤治療を受けても3か月ほどの延命効果しかないと言われたアナは、抗ガン剤治療は受けずに、「最期のとき」の訪れを自宅で静かに待ちながら過ごしていました。

 亡くなる6日前、私が訪問したときには、ガンによる激痛をモルヒネで止めていて、亡くなることを恐れているような様子は見られませんでした。自分の人生が終わろうとしていることを冷静に受け入れていて、「I am ready to go」(準備はできているの)だけれど、「スウェーデンに住む弟たちが日曜日に来るので、それまでは生きていたいわ」と言っていました。弟さんたちが訪れてから4日後、アナは静かに旅立っていきました。まだ72歳でした。

 実は、動物性食品を摂取している人の腸内では、「グラム陰性菌」(好ましくない細菌)が多く生息しており、肉や卵から摂取されたカルニチンやコリンは、この細菌によって有害な物質「トリメチルアミン」に変えられ、さらに肝臓で代謝されて「TMAO」(トリメチルアミン-N-オキシド)という炎症性の物質を産生するのです。この物質は、動脈硬化、心臓血管疾患、ガンの発生・転移のリスクや致死率などを高めることが明らかにされています。

 さらにアナが主食としていた肉、卵、乳類、魚などに豊富に含まれる動物性タンパク質は、体内のIGF-1(インスリン様成長因子-1)の産生を高め、ガン細胞の成長を超スピードで加速させます。さらにIGF-1は炎症、酸化のダメージ、組織へのストレス抵抗性、インスリン抵抗、インスリン値の上昇などを引き起こすことから、心臓血管疾患、糖尿病、認知症、関節リウマチなどのリスクも高めてしまいます。

メディアなどが報じるこのような情報には大きな落とし穴があります。コリンがたくさん豊富に含まれている卵、カルニチンがたくさん含まれている赤身肉、実は食べれば食べるほど心臓血管疾患、ガン、早すぎる死のリスクを高めてしまうことになるのに、こうした事実は伏せられたままです。

 最後までアナのケアをしていた人の話では、亡くなる1週間ほど前、食べ物を受け付けなくなるまで、生の卵黄やサーモンのスープをピューレ状にしたものをとっていたといいます。

 ガン細胞を養う食事をしているのですから、ガンの進行が驚くほど速かったのも無理のないことだったように私には思えました。でも、まもなく亡くなろうとしているアナに向かっては何も言えませんでした。つらく悲しいことでしたが、それが、アナ自身の選んだ生き方だったからです。

 ガンや心臓病、脳梗塞など、日本人の3大死因となっている病気は「プラントベースでホールフードの食事」によって予防可能ですが、動物性食品中心の食事では、こうした病気や老化を促進させ寿命を縮めてしまう、ということを、私は「友の死」によってあらためて知ることになりました。